「燃えてんなァ」
「燃えてますねぇ」
ぱちんと生乾きの木がはじける音がした。
山崎の顔が炎に照らされて夜の闇に不気味に光っている。
辛気臭い炎だ。
大体なにしてんだコイツ。
煙の出所が何となく気になってふらりと縁側に出たら。
庭先で燃え盛る火をみつめたまま、さっきからちっとも身動きしていないのだ山崎は。
「ゴミでも燃やしてんのかィ?」
問いかけにも、火はひたすらに燃えている。
山崎は返事をしない。
ぱちぱちとまた、木が悲鳴を上げた。
「初恋を、燃やしちまおうかと思いまして」
「は?」
思わず聞き返した沖田に山崎はもう一度囁くように言う。
「…初恋を、燃やそうと思ったんですよ。なんにも残さずに」
山崎はそういって燃え盛る火を見つめに戻った。
それ以上口は開かない。
沖田は火を見つめながらしばらく黙っていたが、
「俺はごめんだね」
そう言うと沖田にはめずらしく静かにその場を立ち去った。
「…あなたは、そうでしょうね」
残された山崎は特に気にした様子もなく、ひたすら火を見つめているだけだった。
銀さんに頼まれた忘れ物を届けに屯所に行った日。
庭先で火を見ている山崎さんを見かけた。
「何をしているんですか?」
「うん、屯所の裏に古い木があってね、それを燃やしてるんだ」
説明になっていないきもしたけれど、僕は黙って山崎さんの隣に立つ。
「…近藤さん、昨日も姉上に殴られてましたね」
「ああ、顔中青あざだらけで帰ってきたからね。でも多分今日も懲りずに行くんじゃないかな」
「…そうですか」
「君も大変だね」
「いえ、もう慣れましたから」
それきり黙って二人で火を見つめた。
「…を燃やそうと思って」
「え?」
聞き返すと山崎さんはもう一度繰り返した。
「初恋を、燃やそうと思って見てるんだ」
「はつこい、ですか」
「そう、はつこい」
ときどき山崎さんは難しいことを言う。多分この人は見かけよりずっと有能なんじゃないかと思う。あの土方さんが信頼しているくらいだから。
…そういえば、僕のはつこいはいつだっただろう。
お通ちゃんが大好きで、今も昔もそれが初恋といえるのかもしれないけれど。
いや、違う。
僕の初恋の人は姉上だ。
強くて綺麗で厳しくて優しくて。
いつだって僕を護ってくれた。
父上亡き後、姉上だけが僕の家族だった。
大切な大切な家族。
「新八君の初恋の人は、やっぱりお妙さんかな?」
山崎さんが突然話しかけてきた。
「…はい、恥ずかしながら」
僕がそう言うと山崎さんはちょっと笑った。
「無理もないよ。お妙さんは強い女性だし、とても美人だ。それにずっと二人きりで生きてきたんだろう?」
「はい」
姉上が褒められるのは嬉しい。
なんだか照れくさくなって、僕は尋ねる。
「山崎さんの初恋の相手ってどんな女性ですか?」
山崎さんは一瞬眩しいものでも見るように僕を見ると。
「…内緒」
そう言った。
庭に面した縁側を土方さんが隊士の人達に囲まれて歩いていくのが見える。
土方さんは歩きながら、いくつも話しかけられ、忙しそうに書類に眼を通しながら的確に指示を飛ばしている。
多分庭の隅にいる僕らのことなんか視界に入ってないだろう。
副長、副長。
そう何度も皆が呼んでいて、それには多分に畏怖と崇敬が入っていると思う。
街を歩くあの人の姿は、いつだって完璧に綺麗でカッコイイ。
そういえば、土方さんへの呼びかけに対して「副長」以外を使えるのは、近藤さんのほかには、
沖田さんと山崎さんだけじゃないだろうか。
「メガネ、ゆっくりしていけよ」
ふいに土方さんが書類から顔を上げて僕を見た。
「あ、はい!」
土方さんは僕が返事をするとちょっと笑って、それから相変わらず凛とした表情で隊士たちに指示を再開した。
山崎さんがその姿をじっと目で追っているのを僕は見た。
見たことも無いくらい切ない眼で。
「山崎さんは誰との初恋を燃やそうとしてるんですか?」
聞かなくっても、
わかってしまったけれど。
[2回]
PR