多分うちでは初めての九ちゃんと土方さんの小話。
九ちゃんと土方さんが読みたい、とコメントくださった方々へ。
ふわりと風を抱き込んだまま、男の器用な指先が僕の肩に羽織をかけ、包みこまれた。
指の先の一つでも触れようものなら、
少々病的と自分が一番良く分かっている方法で投げ飛ばしてしまうところだったが、
男は器用にも僕の身体の何処にも触れずに僕の肩と胸を包んだ。
僕の体質を知っているのか、と問おうとしたが知るわけも無い、
ただ単にそういう習性なのだろうと思う。
そういう男は、多分、女に酷く気に入られる。
「悪い」
何に謝っているのか、と思ったところで、
先ほど僕が空気と男の視線にさらした平たい胸の辺りのことかと合点がいったので、
「べつに、」
良いと言おうとしてやめた。
あんまり思い上がった言葉に聞こえたので。
別に良い、と偉そうにいえるような胸ではないし、身体ではない。
それから僕は。
男が胸を見られたくらいで、
と思えなかった自分にぞっとした。
御前試合に負けた腹いせに、僕を狙った狼藉者は今地に伏している。
一人の所を狙う辺り本当に、芯の芯まで腐っている。
いつもならぴったり後をつけてくる東城を少々強引に振り切って来たのが災いしたのか、
初太刀は僕の服を切り裂いた。
それくらいどうということはない、が、女であることを揶揄するつもりだったのなら、
腸を撒き散らしてやりたいくらいだ。
僕は荒く息を吐いた。
僕に羽織を貸した男は、少し前に僕の屋敷に乗り込んできた。
妙ちゃんの縁者、というわけでもないのだということは後から知った。
妙ちゃんが、この男には少し、気を使っているのはそのせいだろうか。
今にして思えば、こんなにも自分が男だとはっきり伝えてくる性質の人間を、
布越しとはいえ触ることが出来たのは奇跡かもしれない。
男は僕が人を呼ぶ間、所在無げにしていたが、僕を一人残しては行かなかった。
「迎えが来たな」
男は安堵したようにそう言うと、僕の名を呼んで泣き叫ばんばかりの東城を見て少し笑った。
そのとき丁度、通りから僕の方に走り寄る妙ちゃんがいて、
東城には悪いが僕はその日初めてやっと嬉しくなった。
妙ちゃんはいつも、僕の危機に現れるんだ。
「九ちゃん、大丈夫?!」
頷いてみせる。
妙ちゃんは僕を見て、それから男を見て、説明しなくても悟ったように
「ありがとうございます」
そう厳かに、僕の代わりに言った。
それから妙ちゃんは男から隠すように、僕を抱いてくれた。
「良いじゃないか、ね、来なさい。私の言うことが聞けないのかい?」
猫撫で声の割には高圧的で、小物の権力者に典型的な台詞だなと僕はうんざりした。
僕が次期当主と知るやいなや、揉み手をしそうな顔で迫ってくる男達の声にも似ている。
が、無粋な男が掴んでいるのが、数日前に僕に羽織を貸した男の意外にも白い手首だったので。
僕はなんだか知らないが無性に腹が立った。
「貴様、この方は柳生家の客人だ。無礼な真似をすれば命が無いと思え」
思わず怒鳴ってしまった。
男はヒッと潰れた蛙のような醜い声をあげて車に戻った。
男は僕を見て、唇をゆっくり動かす。
「おい…」
「借りは返したぞ」
僕がそれだけ男に言うと、男が意外と大きな目を見開いた。
すまない、と謝罪すべきだろうかと僕はふと思った。
別に良い、という権利が目の前の男のほうにはありそうだった。
あのとき、女扱いされても腹がたたなかったのは、多分、目の前の生き物が、
こういうときには誰かが何がしかの方法で守ってやらなくてはならないものだからだ。
少なくとも僕にはそう思えたし、それが間違っているという気はしなかった。
僕はまだ、男であることを諦めてはいない。
[20回]
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