松土小話。
松平のとっつあんが土方さんを「そういう目」で見ておりますので、
苦手な方はご注意を。
『愛とはいわない』の数年前と思ってください。
愛とはいわないともども、落ち着いたら小説部屋にまとめる予定です。
所謂不倫旅行というものをしてみたい、
と思ったのは浴衣の土方は艶っぽいだろう、という不埒な想像からだった。
「予行演習、ですか」
土方は松平を見上げて小首を傾げた。
良い仕草だがやめさせたほうが良いな、と思いながら松平は頷いた。
こんなにも整った造形をしていながら無防備に過ぎるのは何故なのだろうか。
「昔の女なんだけどな」
妻と婚姻を結ぶにあたって身を引いた女。
だが関係は継続している、
と続ければ土方はこくりと頷いた。
表情を殺す訓練は成功しているようで、
内心はともかくとして土方の顔に変化は無い。
「旅行に連れてってやりたいんだけどな、上手くいくようにしねぇと」
バレたらマズイ。
言外に匂わせると土方は思案顔になる。
「手配します」
だが土方はあくまでも有能そのものだった。
汚れ仕事、にはいくつかのバリエーションがあるが、
言えば大抵の無理は通る。
この聡明な男の中にはおそらく組織の未来図が形作られ、
己もまたそれに一役買うだけの駒。
未成年は立ち入りさえ禁じられたそこはまさしくアーバンリゾート。
客同士が互いの顔を見ることはない。
通された部屋はこじんまりとしていながら高級感に溢れ、
嫌味なく寛げる広さだった。
行灯の灯りがほの暗い夜にぼんやりと光る。
縁側からは照らされた遅咲きの桜が見え、
湯気を立てる露天風呂が備え付けられている。
悪い遊びは一通り手を出した松平にしてみれば珍しくも無いが、
土方は素直に見惚れている様だった。
桜の似合う男だ、
とその背を眺めた。
年若い小娘ならそれだけで心躍らせる趣向だが、
生憎と土方は若くとも静謐な空気を纏った男。
仲居の控えめな声に夕食の時刻を知る。
開け放ったままの雪見障子からは桜が覗き、
闇夜にまたとない美しさ。
八重は退紅色の美しさがあるが、
黒と重なるそれは一段と淫靡で。
土方は必要な行儀を覚えるのが早く、
基本的に飲み込みが早い。
料理を楽しむ余裕が生まれていることは仕草で判る。
手負いの獣のような男がよく育っている、
と松平は感慨深く思う。
夜食と肴を運ばせた後は出入りも無い。
「せっかくだ、入っていけよ」
松平の声に土方は頷く。
風呂好き、というのは「狗」に聞いている。
主人への忠義は本物、だがそれがまさしく性質の悪い狗。
今回は仕事を与えて追いやってある。
濡れ縁の先で土方は大胆に服を脱いだ。
纏う布がするりと肩から滑り落ちれば真っ白な肌が闇夜に浮かびあがり、
そのあまりの淫靡さに呼気が漏れる。
見られていることなど気にも留めていない、
という体で土方はゆっくりと湯を堪能している。
その身体に散る桜が時折触れ、
退紅色に湯船までを染めていく。
意外にも稚気を失っていない土方は白い手で水面の桜の花びらを少し揺らし、
幼な子のように楽しげに笑っている。
ゆっくりと濡れ縁に座した松平に土方が目で問う。
淡い灯りに睫の先が輝いて、酷く淫猥。
「・・・あぁ、俺も入る」
では、と出ようとするのを引き止めれば土方の美しい顔が少し不思議そうな色をした。
「せっかくだ、少し付き合え」
土方は黙って頷いた。
乱れ箱から引き出したのは淡い色合いが美しい浴衣。
和装が主の男は実に優雅にそれを身につけ淡々としている。
匂い立つような色香を惜しみなく披露しながら土方は松平の前に座った。
「飲むか」
「・・・はい」
夜食も悪くないが、濡れ縁に酒を運んで桜を肴にするのが最も良い。
「桜、散ってますね・・・」
舞い落ちる花びらが互いの身体に落ちる。
しばらくただ、時の流れるにまかせていたが。
「トシ」
呼べば、桜を見つめていた男が振り返る。
闇夜に桜を背に、まるで絵のように美しい姿。
なにか、いわなければと口を開きかけた松平に。
そっと忍び寄って。
しっとりとした夜の空気がまとわりつく。
「うそつき」
真っ暗な闇の中で土方の紅い唇が動いた。
ぞわりと粟立つそれが快感なのか、恐怖なのかはわからなかった。
思わず、その身体を押し倒せば抵抗は無い。
「・・・準備、してるからお好きにできますよ」
くすりと笑われて裾を割れば土方は下着もつけていない。
散らばった髪がシーツの白によく映えた。
己の心をまったく気付かれていないとは思わなかったが、
最初からすべて知っていたのだとすれば。
「お前、愛人体質だなぁ」
賢く、追い詰められても上手く立ち回る術を心得、
無邪気でありながら残虐。
処女性を持った妖婦。
「男の愛人はリスクが高すぎますよ」
すべて見透かしたような声で土方は言った。
抱くからには、相応のモノを寄越せとその美しい目が告げている。
強かで野心に満ちた、若い身体。
だが。
すい、と流れるような仕草で土方は松平の手を取り、
ゆっくりと外させ、そっと起き上がった。
「ほんとうのこと、いうと、アンタと寝たくない」
松平が苦笑する。
「オメェみてェな別嬪にそう言われると結構堪えるな」
「力のある上司と、寝るのは嫌だってことです。俺は」
土方はそこで言葉を切った。
「俺だけの力でどこまでいけるか試したい」
手を、出してしまうのは簡単だったが。
「アンタのことは嫌いじゃないし、嫌じゃない。けど、甘えたくない」
素直な声だった。
猫の仔のようにすりっと土方が松平の胸に顔を寄せ、
穏やかに目を閉じる。
愁眉を開く土方に安堵したのはおそらく自分。
窓辺からは遅咲きの桜がのぞいている。
純白が、闇夜に鮮やか過ぎる香りを放ち。
昼の清廉さを置き去りにしたように闇夜に淫靡な顔を見せるのが目の前の男と重なる。
膝枕されながらぽつりぽつりと他愛無い話を続けた。
淡い香りのする身体と真っ白な肌は男にしておくには惜しいものだったが、
この男は修羅の道を選ぶ。
こんなにも美しいのに、並の男なら舌を噛むような道が待ち構えている。
惜しいなぁ、
と心底思う。
この真っ白な肌が傷だらけになってしまうのが。
「なぁ、」
「ん・・・」
まるで気安い恋人のように土方は可愛らしいくだけた口調。
絵に描いたように賢いのがかえって哀れだった。
「何かあったら、俺を頼れよ」
手に余ることがあったら真っ先に。
手を伸ばして髪を撫でる。
静かに、整った顔が降りてくるのを迎えるように僅かに身動きし、
松平は夢見心地でそれを見やった。
土方は紅い唇をゆっくりと、
松平のそれに重ねた。
『愛とはいわない』の数年前と思ってください。
土方さんに膝枕してもらえるなら大抵のことはどうでもよくなるよね、
ということで。
あと、土方さんは賢くて察しが良いだけで、色っぽいのに荒っぽくて無頓着で、
無防備だし無茶するし、喧嘩っ早くて危なっかしいしでちっとも愛人体質ではないと気付くのはもうちょっと先。
この出来事の所為で松平パパはパパにならざるを得なくなった、と。
そりゃ銀さん射殺されかけますよね^^
銀土はラブラブ。
松平パパ、銀さんがうらやましいこと山の如し。
ギリギリ。
[31回]
PR