テーラー土方さんと金さん。
長いので続きます。
歌舞伎町の夜の騒がしさは俺をときどき疲弊させる。
昨日、俺の太客の女社長が俺の為にスーツをオーダーすると言い出した。
男が女に服を贈るときは脱がせる為だという下世話な話を何となく思い出した。
なら男に女が贈る場合も同じだろうか。
女社長のセンスのいい洋服からこぼれた長い足を見るともなしに眺めて、
彼女に嬉しげに笑いかけた。
肉食獣のような獰猛な赤い唇の女だ。
金さん枕はしないんだけどな。
それが神楽との約束だ。
けれど結局俺はその申し出を受けた。
基本的に俺は客からの贈り物は拒んだ事が無い。
それが手編みのマフラーだろうがスポーツカーだろうがシュミじゃない香水
だろうが何だっていただけるものはありがたく受け取る。
お客様はお姫様で、お姫様は与える事が快感だからだ。
まずはどんなスーツが欲しいのか、
入念な打ち合わせが高級スーツをオーダーするときの常識。
完成まで3週間。
その前に打ち合わせはなんと3回。
金持ちの道楽か男の美学。
ナンにせよ金のかかる趣味だ。
面倒だけどお姫様の申し出には従うのがホストの宿命。
同伴も兼ねて、少し早めに女社長を迎えにいき、二人で指定した店に向かう。
受付の地味な男が女社長を見て慇懃に挨拶をする。
「お待ちしておりました」
どうやら常連らしい。
小さな店内は趣味の良い調度に囲まれて、
こじんまりとしていながらも高級感と独特の迫力に溢れている。
トルソーにはいかにも高価そうなスーツが、同じく品のいいタイとセットで着せられている。
女社長いわく、英国式の紳士の出で立ちには欠かせないサスペンダーも種類が豊富で鮮やか。
俺のシュミじゃねぇけど。
店内にはビンテージものの生地のサンプルも飾ってあって、花と調和してなかなか綺麗だ。
女社長は物慣れない若い男に服を買ってやるのが特に好きなのだと言い、
「良い店でしょ、金ちゃん」
やっぱり赤い唇で笑った。
周囲を見渡し終わったとほぼ同じくして、
突然、不機嫌そうな酷く整った顔の男が店の奥から金時達を迎えた。
周囲の花が見劣りするような恐ろしく華のある顔だ。
白いシャツとギャルソンのような腰で縛る黒いエプロンがよく似合ってる。
細すぎる腰つきがエロい。
すらりとした手足といかにも繊細そうな指先。
黒と白だけで構成された神経質そうな美。
一瞬で目を奪われた。
革靴なのに殆ど音を立てずに近づいてきた美人は俺と女社長に淡々と挨拶をして、
彼女に日頃の礼を言う。
「いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます」
それから女社長は受付の地味男の勧めで椅子に座る。
椅子を引いてやるのが俺の役目なので地味男より速く動いたけれど、
目は美人に釘付けだ。
まじまじと観察する俺に嫌気がさしたのか
「どのようなスーツがお好みで」
そう良く通る声で挑むような眼差しを向けてくる。
その凛とした空気が心地良くて、つい露悪的なことをしてしまった。
「ではホストクラブに相応しいものを」
俺は取って置きの笑顔でそう告げた。
職業に貴賎は無い、などといった所で所詮、
いかにもホストといった井出達の俺らを嘲笑うような店もあった。
別にそれに腹が立つわけじゃない。
面倒なだけだ。
金が全てかプライドがあるのかの違いだろうが俺にしてみりゃどっちだって他人事。
で、悪趣味な俺はこの美人がどんな反応をするのか見たかった。
女社長は面白そうに笑っている。
「ホストクラブ……」
呟く声は侮蔑を含んでいなかったけれど、俺はおや、と思った。
しばらく黙った「美人」は目を伏せた。
俯く睫が長くて綺麗。
結局、ホストクラブが何なのか殆どわかっていなかったテーラーは、困惑気味に
それはゲストに対するホスト、持て成しのための衣装という意味かと訊いてくる。
女社長が笑って、俺も正直笑いをこらえるのに苦労した。
茶を運んできた受付の地味な男が助け舟を出しながら美人に目配せする。
「バーカウンターのあるクラブみたいなものですよ。接客は男性で」
でも地味男の説明もイマイチわかっていないみてェで、美人は益々綺麗な眉を寄せた。
とんだ箱入りだ。
俺が笑おうとしたのを敏感に察知したのか、
美人テーラーは俺を睨む。
全然怖くない。
「急いでないし、ま、次来るまでに調べておいてよ。カリスマテーラーさん」
挑発的に言うと案の定、直情型と当たりをつけていた箱入りテーラーは
「ハッ、上等だコノヤロー」
と大変宜しくない言葉遣いで応じてきた。
まるでチンピラだ。
おかしくて笑いが込み上げる。
こんな簡単に挑発に乗って客商売大丈夫なんだろうか。
だから受付のジミーがいるのかもしれない。
テーラーは土方という名前だった。
名札に書いてあったからで、名乗っても居ない。
客商売の自覚あんのかね。
可愛いから良いけど。
「テーラーさん、名前は」
「…土方です」
そんなに睨まないでよ。可愛いから。
「またね、土方君」
告げて店を出た。
地味男と一緒に一応見送りに出た土方君はやっぱりすらりとして美人だった。
女社長は
「可愛い子でしょ」
そう言うと俺を伺うような視線で流し見る。
思い当たって、望まれたとおりの反応を返す。
妬かせたくて連れてきたわけね。
「俺より?何か妬けるんだけどぉ」
「ふふふ、馬鹿ね。金ちゃんが一番よ。あの子はお人形みたいに綺麗だから贔屓にして可愛がってるの
。それだけ」
女社長は笑って言う。
「本当に?」
「あの子スーツを作ることしか知らないのよ、今どきそんなの可愛いじゃない」
「世間知らずは嫌いなんじゃないの」
「ああいう綺麗な子は別よ。それにあの子の才能は本物だもの、世間知らずくらい許してあげてるの」
傲慢な物言いに何故か俺は少し苛立った。
結局この日は採寸と生地の決定をして終わった。
採寸時の土方君の指先はしなやかでやさしくて、口調とは裏腹に繊細な動きをした。
生地はヴィンテージもののエアウール。
夏に向けた軽やかな生地だ。
[2回]
PR