「…The mad tea party.」
などと思わず呟いてしまう自分は意外にもメルヘンな思考回路なのか。
この光景以上にメルヘンなものなどないだろうが。
鮮やかな食器の上で小さくまとまったフランス料理。
「高杉、ごめん…こんなにいっぱい食べられない」
「少しずつでいいから、すきなとこだけ喰え、な」
「…ん」
純銀のフォークの先で赤く主張する野菜から滴るソースは薫り高い。
両手に怪我をしている少年の桜色の唇にそっと運ばれる赤。
吸い込まれるように消えた後も、次々。
味は勿論、小さく、消化に良く、滑らかに。
難しい注文を高杉の贔屓の店のシェフがこなした結晶。
病人、といっても怪我人なのだから食事制限はほぼ無いのが幸いだった。
土方にとって美味しい新薬を開発しろと言いかねない男だ。
「ほら、これと一緒に食えば、薬も苦くねェだろ」
「う、ん……」
「もっと水、飲ませてやるからな」
「ん……」
「…っは、口、冷てェな…可哀想に」
「だいじょ、ぶ」
グラスを持つ高杉の手が、優雅に自らの口元へ移動する。
女が見れば見ほれるような光景。
が、自身が飲むわけではない。
そのまま合わされる唇たち。
口移しに与えられたミネラルウォーターと抗生物質が、
少年の小さな喉でゆっくりと嚥下されていくのを見るともなしに見て。
用が済んでも唇をあわせて戯れるお姫様と王様の会話を聞きながら、
トランプの兵隊のようにただ前を向く。
マッドハッターならば紅茶のお代わりをアリスに淹れてやらなければ。
ベッドサイドに溢れるみたいに、花とお菓子と玩具が置かれた個室。
運び込まれた巨大なベッドは特注の可動式でふかふか。
今はふたりでそこに並んで座っている。
巨大な白鯨のような背もたれよりも晋助の硬い身体がいいのか、身体をくったりと預けてされるがまま。
撫でられて触れられて口付けられて可愛がられ続けている。
まるで言い訳のように、ときどき医者が来るほかは、この部屋は自分以外の誰の出入りも無い。
晋助が半狂乱になって行方を追わせているが、坂田金時の足取りは掴めない。
…あの御仁がそうやすやすとつかまるとも思えぬ。
きらきら光っているみたいに、色とりどりの菓子が散乱して目に痛い。
運び込まれた大型の、なのに薄く美しいプラズマテレビは新作の映画をずっと流している。
雑誌も、ムックも、CDもDVDも数がありすぎてわけがわからない。
輸入物の高価な音の鳴る人形。クリスタルのパズル。
柔らかなアンティークのテディベアが番人の様に7つ。人の煩悩か、はたまた原罪か。
ひとつで100万はくだらない。
少女でなく大人の女こそが喜びそうだ。
晋助のアリスは玩具で遊ぶ歳じゃない、大体男の子だと言ってきかせたが無駄だった。
アリス、いや土方少年はとても利発で、年齢より随分大人びた思考をする。
哲学書の一冊でも差し入れてやれば喜ぶような賢い子どもだ。
晋助の目にこの少年はいくつに映っているのか。
いくつでも構わないのかもしれないが。
ああ、それにしても。
女にすら花など贈らない男が。
裏社会の帝王、皆が畏怖し敬慕し跪く男が。
こうして、もう毎日この綺麗に磨かれて飾り付けられた箱庭でこどもと戯れている。
眩暈がするほど美しく、寒気がするほど淫靡だ。
等身大の人形を収めたドールハウス。
甘いお菓子の匂いと綺麗で可愛い玩具。
吐き気にも似た感覚。
ここは現実なのか。
いつも思うが晋助は夢の中なのかもしれない。
「あのとき」からずっと。
人形遊びをする少女は利発なアリスではなく孤独な王様のほうなのかもしれない、
ふと思った。
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